「取扱説明書」を「とりせつ」と縮めるようになったのは、いつの頃からだろうか?
10年前に書いた朝ドラ『ふたりっ子』の題名を決める会議で、スタッフと100個くらい題名を出し合った。
私は『金の卵、銀の卵』というが気に入っていたが、チーフ・ディレクターが「キンタマ」と縮めて呼ばれるのには耐えられないというので没になった。10年前にはすでに、題名や名前を、当たり前に縮めていたようだ。
昨日はNHKの打ち合わせから戻って、明け方まで新しい電話機と、その取説と首っ引きで、あれこれ登録していた。前の電話が、留守番電話のメッセージも録音できなくなったり、外線と話している間に切れちゃったりするので、ついに決意して電話を買った。
パソコンを買って、電話買って、何だか通帳の中身が寂しくなった。
電話機の機能は、一度理解したら、さほど難しくはないが、それにしても、銀行のATMも苦手なお年寄りは、到底扱えないだろう。もちろん、単純な電話機もあるんだろうが、便利になることについて行けない人を、字も読めなような目で見るような時代になって行っても、いいものだろうか。
今夜はこれからZaurusのお勉強。仕事もたまっているのに、取説を読み出すと、朝まで止まらない。私はまだ活字派なので、取説は読める。
以前、本屋で「こんな字の多い本は読めねえよ」と言っている青年を見て、衝撃を受けたけど、ああいう青年は取説を読まないでも、OA機器は、触っているうちにわかってしまうのかな? 世代間ギャップを感じるな。
ちょっと前は、新聞記者がZaurusとか、同じような小さい画面のモバイルツールで、メールをチェックしていたのを印象的に覚えている。でも最近は見かけない。携帯も機能が充実し、軽くて小型のPCも出来たからかな? でも、Zaurusは、なかなか便利そう。これからじっくり研究しよう。


